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2019

12/26

【第1回】1970年:それは一人の営業員の情熱から生まれた

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「ゆかり®」誕生50周年を記念して、これまでの「ゆかり®」の歩みを振り返る、12ヵ月連続企画です。月替わりで素敵なプレゼントも!このページの下の仮応募フォームからメールアドレスを入力して、ぜひご参加ください。
「ゆかり®」の歴史に触れながら、50周年のメモリアルイヤーをお楽しみください。


ゆかり®の歴史
1970年:それは一人の営業員の情熱から生まれた


当時の名古屋営業所 営業員

当時の営業員(右手前)

時は1960年代の後半。当時、東海地区でよく売れていた「赤しその漬物」に目をつけた名古屋営業所の営業員が「わが社もこれを製造しましょう」と、当時の社長に進言します。断られるも、漬物への想いを日々営業日誌に綴り続けました。時には社長の自宅へ深夜に電話をかけるなど、1年近く訴え続けた結果、ついに社長は根負けして許可を出します。ただし「漬物ではなく、ふりかけとして製造すること」という条件つきでした。
ふりかけメーカーとして軌道に乗り、すでに「瀬戸風味®」等のヒット商品を持っていた三島食品でしたが、赤しそ風味のふりかけの開発は失敗の連続であり、1年近い時を要します。1970年に商品化にこぎつけ、商品の色が紫色であることと、皆様との「ご縁」を大切にしたいとの思いから、「ゆかり®」と命名されました。


当時の話題
誰もが熱中した、空前の「ボウリング」ブーム


高度成長期の昭和40年代(1970年頃)、日本にはボウリングの一大ブームが到来。全国津々浦々にボウリング場がオープンし、週末には長い行列も。テレビのゴールデンタイムにさえ、複数のボウリング番組が流れるなどの盛況を示していました。
当時、広島県佐伯郡五日市町(現在の佐伯区)に、将来の工業用地として土地を保有し、ひとまずゴルフ練習場として活用していた三島食品は、このボウリングブームに注目。ボウリング場、ゴルフ練習場、レストランを併設した複合施設として、1972年にミスズガーデンを開設。デザイン性も高く、ドライブスポットとして人気を得ますが、ボウリングブームの終焉に翻弄されます。それでも、周辺11か所のボウリング場が閉鎖する中でも生き残り、現在でも地元に愛されるスポットとして営業を続けています。


今回のプレゼント
ゆかり®エコバッグ


ゆかり®エコバッグ

「ゆかり®」のパッケージの三色をあしらったエコバッグです。50周年アニバーサリーグッズとしてつくりました。折りたたむと、なんと「ゆかり®」のパッケージの中に収納できます。お買い物に、おでかけに、通勤や通学に。注目されるアイテムになることでしょう。

応募受付は終了いたしました。
たくさんのご応募ありがとうございました。

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